松久外吉のチラ裏

主に自分の趣味についてひっそりと書きます

Appleの株価が下落

 先日もツイートしたけど、「アップル第1四半期決算に対する反応--ウォール街とシリコンバレーの解釈の違いを考える」によると

「信じがたい話かもしれないが、株価収益率(PER)が10以下のAppleは、PERが3583という不合理な数字のAmazonと比較すると、べらぼうに安い。そして、少なくとも15というまともな数字のMicrosoftや、それよりも少し高い23のGoogleと比べても安い。こうして数字を並べてみると、そのどれも全く意味をなしていないように思える」(John Koetsier氏)

だそうで、まだまだAppleは元気だ。とはいえ、最近の勢いの衰えで、投資家が逃げ出すのも仕方が無い。そもそもAppleの進む道自体がリスキーなのだから。もしAppleが安定を求めるなら、WindowsAndroidのように、MaciOSもオープンなライセンス戦略でパートナーを増やして、シェアを独占する戦略をとるはず。しかし、Appleイノベーションを目指すために、そのような安定戦略は取らなず、自分たちのコントロールを最大にして将来的な自由度を確保している。さらに、革新するために自分たちの現在の成功すら犠牲にする覚悟らしくて、iPodが成功しているときにも、それを葬るiPhoneを開発していたらしい。

iPhoneを葬るのは誰か」(ZDNet Japan

 つまり、アップルはiPhoneの開発を通じて結果的に携帯電話を再発明することとなった。その背景には、「他人にやられてしまう前に、自分たちの手でキャッシュ・カウを葬り去る」必要があったのだ。


 その事情について、Manjooは次のように記している。


iPodの人気の高さや、それがアップルのボトムラインにもたらす売上・利益の大きさを考えると、携帯音楽プレイヤーを殺すことを明らかな目的とした製品を開発しようとすることは、アップルがこの地球上でもっともやらなそうなことのはずだった。(註3)
けれども、アップルの経営幹部の間では、いずれどこかの携帯電話メーカーが(当時の、かなり使いにくい)インターフェースの問題を解決し、通話のほかに音楽や動画の再生などさまざまなことに使える汎用の端末を開発してくるとの認識があった。(註4)
アップルがそんな未来(の実現)を避けるためは、iPodキラーとなる製品を自らの手でつくり出すこと以外に選択肢はなかった。(註5)


今も、自分たちが端緒を開いた(そしてMicrosoftが普及させた)パソコンすらタブレットiPad)によって殺そうとしている。


自分も株関係は勝つことではなく「負けないこと」を指針にしているので、安全を求めるなら、投資家は早めに引き上げて正解だと思う。ただし、大きなチャンスを捨てる可能性もある。